あのカーブを越えて


 「あ、」
 マユコは眠りかけた細い目で、何かを見つけた。フロントガラスの 先を見ているようだけれど、そこには何かがあるようには見えなかった。 ヨウスケは眉間に皺を寄せて、不思議に思った。
 「何。何かあった。」
「ううん。そうじゃなくて。この先に、カーブがあるでしょう。」
「ああ。あるねえ。」
「結構、急なカーブじゃない。」
「そうだねえ。」
「あそこね、昔、事故があったんだって。」
 ヨウスケは驚いて、目を見開いた。この道は何度も通っていて、 勿論そのカーブも数えられないほど曲がってきた。
 「昔、って、いつ。」
「わかんない。けど、何年も前に事故があったんだって。」
「ふうん。それで。」
「それで、って、何もないけど。なんか、思い出したから。」
「なんで今更。」
「さあ、なんでだろうねえ。」
 マユコは、自嘲するようにふっと笑って、肩を上げた。 ヨウスケは、ちらとその様子を見て、またすぐに道路に視線を戻した。 視界は良好で、そんな事故があったとは思えないほど、綺麗な空だった。
 マユコは随分と眠たげで、頭をシートベルトに預けて、窓の外を眺めた。 木と木の間から、少しだけ川が流れているのが見えた。きらきらと光の粒が 反射していた。
 「その事故、どんなだったの。」
「え。ああ。うーん、三人家族だかが、カーブを曲がりきれなくて、 ガードレールぶっ壊して、川に落ちてったって、本当にヨウちゃん、知らないの。」
「うん。知らない。」
「あっそう。そんで、父親と母親と子どもが乗ってて、三人とも、駄目だったって。」
「すごい、でかい事故じゃん。」
「そうなの。でも、すっかり忘れてたし、ヨウちゃんなんて知りもしなかったでしょう。」
「全然、ちっとも、知らなかった。」
「ね、そういうの、なんか怖いよね。」
「うん。」
 子どもは川を見てはしゃいでいただろうか、母親も一緒になって笑っていただろうか、 父親はそんな二人を笑って運転していただろうか。マユコは三人が見ていただろう景色を 見回した。なんてことのない風景の中で、何が命を奪ったのだろう。
 「どんな気持ちだったんだろうねえ。」
「え、何マユコ。聞こえなかった。」
「三人逃げられない車の中にいたまま一緒に落ちてって、同時に死んでいく、っていうのは、 どんな気持ちだったんだろう。」
「…さあ、それは俺にはねえ。」
「うん。そうだよねえ。」
「マユコは。」
「何が。」
「今からカーブを曲がるけど、どんな気持ちがするの。」
「死にたかないよ。」
「ははっ、そりゃそうだ。」
「ヨウちゃんと一緒に死ぬなんて、嫌だよ。」
 マユコは本当に嫌そうに、顔を顰めてヨウスケを睨んだ。ヨウスケはその表情が 面白くて、大きく口を開いて笑った。
 「もう、気をつけて運転してよ。」
「はーい。」
 大げさにため息をついて、マユコは差しかかったカーブをぼんやりと見つめた。 空が青いなあ、と思いながら、今度こそ目をすっかり閉じた。 ヨウスケは慎重に、ゆっくりと、ブレーキを踏み込みはじめた。








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