巻戻し不可


 これのどこがおもしろいのか。
 ナツキは「20世紀最高の恋愛映画」と銘打たれたビデオを借りてきて、さっきからただただ垂れ流していた。
 女はうるうるとした瞳で男を見つめ、男は寛容な腕で女を抱きしめる。いつかどこかで見たことのあるような場面と、聞いたことのあるような台詞。どう受け取っても、最高、とは称しがたい。そう、これは昔からある恋愛映画と同じだ。それなのに、やけに大衆に受け入れられたのは、最終的に悲劇となるからだろう。人間は、他人の悲劇が好きだ。
 ナツキも他人と同様、悲劇を見れば、自分が救われるような気がした。けれど、今は男と女の幸せが絶頂の時間。幸せの度合いが高いほど、その後の悲劇が際立つのはわかるが、今のナツキには、他人の幸せな時間は いらなかった。
 おもしろくないな、ナツキはそう思った。
 ナツキは焦点を合わせずに、テレビ画面を見つめた。テレビが、テレビとしての役割を果たさないように、ナツキはテレビの向こう側に焦点を合わせた。白い壁には、何もない。
 悲劇と知っている恋愛映画を見るという行動をとっていることに、ナツキは自分自身が不思議でたまらなかった。気持ち悪い、とさえ思った。何を救ってもらうというのだろう。ナツキは、何にも落ち込んでなど、いない。
 何か変わったことがあったか、と言えば、先日、三ヶ月程度付き合った男と別れた、ということだ。三ヶ月が長いか短いかは知れないけれど、人並みの付き合いをしていた。その男は、ナツキを好きだ、と毎日のように口にした。
 三ヶ月間、ナツキは自分がわからなくなった。男の気持ちばかりをわかってしまった。ナツキは男のことが好きだと思ったけれど、好きじゃないのかもしれないとも思った。付き合いはじめたら、なぜ付き合っているのかわからなくなった。そのため別れたのに、別れた今は、なぜ別れたのか、わからない。
 ナツキは、ビデオの停止ボタンを押した。
 おもしろくない理由は、わかっている。
 この映画の男は女のことを愛していて、女も男のことを愛している。イコールで繋がらないとしても、ぶつけ合うことのできる情動をお互いに持っている二人に、ナツキは閉口するしかないのだ。
 巻戻しボタンを押したら、突然涙が出てきた。
 自分の拙かった恋愛を、もし巻戻し可能だったら、この恋愛をなかったことにできたかもしれない。ふとそんな考えが、頭をもたげた。
 でも、手を加えることなどできない。人生は、巻戻しも早送りも、再生も停止も、できやしない。ナツキは、拙い恋愛を抱えたまま、生きていくのだ。
 巻戻しが終わるまで、泣こう。ナツキはそう決めて、顔を手で覆った。



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