春夏秋冬


 彼女がいなくなったのは、ちょうど六年前です。数字にしてみると、なんだかとてつもなく長い時間のように感じるけれど、あのときから今までは、あっという間でした。春夏秋冬二十四回あったはずだけれども、ちっとも覚えていません。曖昧模糊としたゆるやかな毎日が続いていたような、そんなような気がします。
 はじめて彼女と言葉を交わしたのは、夏でした。延々と続いているような青い空の端っこで、彼女はバス停を蹴っていました。せっかく走ったのに運転手がその姿を無視して通り過ぎた、と息を荒げていました。そんなにしたら壊れる、と言ったら、これぐらいで壊れるならこの町を破滅できる、と彼女は無表情で答えました。次の日、教室にある地図の、ちょうどこの町らへんが、火で穴を開けられていました。小さないたずらのつもりだったんでしょうけど、大騒ぎになりました。犯人は誰なのか、先生たちの慌てようは凄まじかったです。彼女は知らんふりをしていました。そうしていつの間にか忘れられ、そのことはきれいさっぱり、消えてしまったかのようになりました。夏休みが終わったら、新しい地図が教室に掛けられていました。この町も、名前は変わったけれど、破滅していません。
 冬に一度、二人でバス停まで歩いたことがあります。バス停まで、と言っても、学校の目の前にバス停があるので、ほんの五分くらいの距離です。彼女は、寒い冬はいいけど寒いのはよくない、とマフラーに顔を埋めました。彼女の横顔と遠くから迫ってくるバスを、今も何度も思い出します。
 彼女は春になると、寝てばかりいました。春眠暁を覚えず、とはあのことを言うんでしょうか。彼女はよく保健室にいるようになりました。ときどき様子を見にいっても、寝ている姿しか見ることはできませんでした。彼女は笑うことも怒ることもなく、じっと目を瞑っていました。
 彼女を見たり見なくなったりするうちに、秋になっていました。立ち枯れた木の枝が目立つようになったその日、教室の窓が一枚、割れました。今回の犯人は、たしかに彼女でした。久しぶりに姿を見せた彼女は、授業中に突然机の上に立ち上がって、椅子で大きな円を描きました。長い一枚のガラス板は粉々に砕けて、季節の早い雪のように、音もなく散っていきました。事実、音が聞こえなかったのです。しんと静まった教室の中で、彼女の細すぎる足首が、枯れ枝のようだ、と思いました。
 本物の雪が降ろうとしている頃に、彼女はいなくなりました。どの方角へ行ったのか、どれほどの距離を行ったのか、はたまた、この世界にいるのかいないのかさえ、わかりません。
 それでもきっと、どこかにいて、またこの町に来るような気がして、なりません。いえ、そう信じたいだけかもしれません。願っているだけなんです。たとえ、この町がいくら小さくても、幾度名前が変わっても、境や季節が意味を成さなくなっても、彼女が生きている限り、世界は破滅しないからです。



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