公園、ビール、夜のベンチ


 「元気だったか?」
数年ぶりに会った彼女に、僕は尋ねた。
 彼女は、質問には答えず、あはは、と笑った。僕を指差しながら。

 缶ビールを二本買って、僕と彼女は、公園のベンチに座る。
 黒のダウンジャケットに、赤いマフラー、橙のミトンてぶくろ。彼女の外見は、以前とあまり変わらない。
 僕はといえば、紺のコートに、黒のマフラー、黒のてぶくろ。僕だって、以前と変わっていない。
 どうして、僕らは今日、会うことになったのか、よくわからない。彼女から、なんとなく電話がかかってきて、なんとなく受け答えをしていたら、じゃあ会おう、なんて。
 いつもそうだった。僕らは、なんとなく、二人でいた。
 彼女は、てぶくろをしたまま、器用にプルをあけた。
 「もっちゃん、何してた?」
彼女は、昔と同じように、僕を、ほかには誰も呼ばない、もっちゃん、という名で呼ぶ。
 何してた、というのが、さっき、ではなく、この何年間のことだと、気づくのに、数秒かかった。
 僕らの会話は、とても、遅くすすむ。
 「別に。学校いって、勉強してるよ。今も。おまえは?」
僕は、決して、彼女の名前を呼んだりしない。
 「私も、学校いってるよ。それだけじゃん。」
彼女は、ビールをお茶みたいに、ずずずっ、と飲む。僕は、遠慮がちに、一口、ビールをすすった。

 彼女は、どうやら、ビールを飲み干してしまったらしく、缶を、くるくるくるくる、回している。
 僕は、ちょっとずつ飲み飲み、彼女が何かを話すのを待っている。
 僕らは、彼女が話し始め、そして、僕が答える。そうやって、言葉を繋げてきた。
 「そういえばさー、」
そう言って、彼女は立ち上がり、ゴミ箱に缶を投げ入れた。彼女は、よし、とちっちゃく言った。
 「そういえばだね。私は、あの頃、もっちゃんのことが、好きだったよ。」
彼女は、ちょっとだけ振り向いて、それからすぐにまた背中を向ける。
 今、どんな表情だっただろう。わからない。
「そうなの。」
僕は、いつもどおりの答え方しか、できない。
「そうなのだよ。」
彼女は、それ以上、いつもどおりに話を広げようとしない。
 「じゃあ、付き合ってしまう?」
僕は、ちょっと、ふざけてみせる。
 彼女は、ひゃはは、と笑い、片腕を伸ばした。
「馬鹿じゃん。」
 もっかい振り向いた彼女は、笑っていた。
 帰ろう帰ろう、と彼女が言い出して、僕らはまた別れる。

 好き、は過ぎ去ってしまったのだろう。
 いまさらなのに。僕も、彼女も、なんであんなこと口走ったのだろう、昨日の夜。
 僕も、きっとあの頃、おまえを好きだったよ。そう言えばよかったのかなあ。
 そうすれば、僕は、また、彼女の電話を待ちながら、眠ることができたのかなあ。



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