光る朝日、或いは夕日


 目を開けたら部屋が真っ暗で、驚く。遮光カーテンをぎっちり閉めているのだから、当たり前なのだが。
 ぼんやりとした頭を振る。焦点が合ってくると、蛍光塗料で光る時計が見えた。五時をわずかに過ぎていることを示している。これが午前なのか午後なのかは、判然としない。
 ゆっくりとした動作で起き上がった。暗闇の中では、動きが速かろうが遅かろうが、時間の流れがそんなに変わらない。ただただ座り込んでいても、ちっとも時間が経っていないようにも、もう何日も経ったようにも思える。相変わらず、時計ばかり規則正しく動く。だったら、嫌になるくらいゆっくり動いてやる方がいい。
 手探りで、たしかそのへんに置いておいた板チョコを見つける。
 部屋の中で、銀紙がハリ、ハリ、と剥けていく音だけが充満する。
 いつからチョコレートしか食べていないんだったかなあ、と考えてみる。一昨日だったか、先週だったか、もっと前だったか。暗闇に慣れてきた目に、黒々とした食べかけのチョコレートが入ってきた。
 バキッ。
 思ったよりも固かったチョコレートの振動が、顎から頭蓋骨に響く。
 一日一枚チョコレート。一日一枚チョコレート。一日一枚チョコレート…、
 頭の中で、よくわからない標語が延々と叫ばれつづける。政治家がこんな標語を掲げはじめたら、お菓子会社はぼろ儲けするだろう。それもいいような気がしてきた。
 一口食べたらもうお腹いっぱいに思えて、再び横になった。さっきまで散々寝ていたのに、不思議だが、また眠気が襲ってきた。
 いつからこうだったのか。いつまでこうなのか。
 うとうととしていく思考で、同じ質問が繰り返される。答えはいつも同じなのに。
 わかりません。
 誰が答えるのか、答えとは相反したしっかりとした声がする。
 目を閉じると、容易く眠りの中に落ちていけた。何も考えなくていいなら、これでよかった。じっとして、このままなんとかやり過ごせるように、ただただ時間が過ぎるのを待てばいい。
 部屋の中よりも深い暗闇に覆われる。形なんてないはずなのに、ぎゅうぎゅうと体を圧迫してくる。まるで誰かの手のように、頭を、腕を、頬を、胸を、太股を、掴みかかってくる。逃げられなくなる。呼吸ができなくなっていく。
 バタンッ。
 痛い、と思ったら、どうやら腕をしたたか床に打ち付けていたようだ。深呼吸をしようとするけれど、上手くいかない。ため息しか出てこなかった。
 時計を見上げると、さっきとあまり変わっていなかった。五分と経っていないだろう。また、ため息が出る。
 一応体を横たえてみるものの、まったく寝れそうにない。
 床と一体化してしまうように、微塵も動かずに天井を眺めた。このまま本当に床になれたとしたら。自分という存在は無になる、けれどこの部屋には自分がいたという痕跡がいくつも残っている。誰にも気付かれなかったら、居住者が不在の部屋はどうなるのだろう。外の世界を遮断して、雨や日差しを防いでも、それは誰のためでもない。
 ぽっかりと空いた、空洞。
 床から木が生え、草が生え、花が咲くだろうか。こんな部屋では暗すぎて、苔が一面を覆いつくすだろうか。
 自分の全身が苔でできていることを想像してみる。悪くはなかった。
 「きーみーがーあーよーおーはー、」
 苔という単語から、何故だか君が代を思い出した。口ずさんでいくと、なんだか落ち込んでいく。
 悪くはないと感じたものの、苔が生すまで千代も八千代もこのままでいたいとは、そんなことはちっとも思っていないのだ。
 勝手に涙が流れてくる。
 匍匐全身で窓際に近付いていく。指先でそっとカーテンに隙間を作ると、外は白くて明るい。たとえ曇りでも、雨の日でも、それでも太陽はそこでじっと光っている。
 これが朝日なのか夕日なのか、そこのところは判然としないけれど。



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