男女


 ゴールデンタイムと呼ばれる時間帯に、一人寝転がりながら女はテレビを見ている。誰かさんが懸命に作っただろう笑いや、偶然に撮れた衝撃映像や、最近よく見る女優や俳優の顔が、チャンネルを切り替えるたびに現れる。女は一定の速度でリモコンのボタンを押しつづけると、頭の中身がぼんやりしていくのを感じた。なんだかそれが面白くなってきて、鼻で笑ったところで、玄関のドアの開く音がした。 女は緩慢に、けれどいそいそと体を起こした。
 「おかえり。遅かったね。」
「うん。」
 それしか男は言わない。
 いつから、ただいま、と言わなくなっただろうか。女はすぐさまそこで思考を停止する。
 「ご飯、ハンバーグだけど、食べる?」
「ん、いいや。もうお風呂入る。」
「そう。じゃ、今沸かす。」
 女は急いでおいだきのボタンを押す。男は着替えもせず、かかしのように突っ立って、リビングでテレビを見ていた。
 「ちょっと時間かかるから、着替えたら。ていうか、座ったら。」
「うん。こんなの見てたの?」
「ええ?」
 テレビ画面に目を向けると、世界の殺人事件とか何とか、そういう奇怪な特集番組が流れていた。
 「んや、見てない。」
「じゃあ、なんでかかってんの。」
 男は呆れたように、少しだけ笑った。ああ笑うんだなあ、と意外なもののように女はその顔を見つめた。
 「何。何かついてる?」
「ううん。」
 女は男の隣に並んで、夫の浮気相手を殺す女の再現映像を眺めた。女優の鬼気迫る形相に、嘘っぽさを感じる。
 「ねえ。」
「うん。」
「ちょっと、ぎゅっとしてみて。」
 男は女の方に顔を向けて、しばしきょとんとした顔をしたが、言われたとおりに抱きしめた。
 それは、そっとこわれものみたいに、雛を包み込むようなものだった。優しすぎた。
 男は、優しくすることが愛情を表現することだと思っている。それがただの優しさだけであると気付かずに。だからと言って、他にどんな愛情表現があるのか、女にもさっぱりわからない。
 女は男の胸に顔を埋めて、腕をだらりと垂らす。温かみのせいで、微かに煙草の臭いがたった。男は煙草を吸わないはずだけれど、本当はどこかで吸っているのか、他の誰かのものなのか。女は無表情に、男の胸が上下するのを見ていた。
 シャツのボタンが女の目に入る。シャツの前立てはお互いに脱ぎ着せしやすいように男物と女物は逆に合わさっているのかしら、女は思う。夢の中のように、女は男のシャツのボタンに手を伸ばす。
 テレビの中では次の殺人事件が始まり、いきなり自動車が爆発した。もうすぐ風呂場から、軽やかなメロディーが鳴り響くはずだ。



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